俺は1%理論

「SFの90%はがらくた(crap)だね。」
スタージョンはこう切り返した。
「どんなものでも90%はがらくたです。」
(

スタージョンの法則:Wikipediaより)
おねーさんです。
なにが理論だというのは確かなんですけどまあいいじゃないの。
成功率が限りなく低い、傍目には低いどころか0%というものでも、当事者にしてみるとなぜか自信に満ちた表情でレミングのダイブのごとき邁進をしている。
よく見かけます。
なんでそんなことに気づけないの、なんでそれだけ特別扱いの判断なの、みたいな。
そんなはずはない、俺はやれる、と信じて赴く道というのはたしかに一種のかっこよさとか陶酔感みたいなものをもたらす場合があるのは確かです。

中二病もあるいみこの一種だとあたしは思っています。
俺に限って邪眼もっててすげえみたいな。あんのか?
あたし生き方は楽観的なんですが状況に対する態度はわりと悲観的な方でありまして、こういう殉教者みたいな人を見かけると、あら、ここにも難儀な生き方をわざわざ選ぶ人がいるのねなんて観察していたりします。
観察してるだけだと、訪れるべくして訪れた悲劇(場合によって喜劇)の際、なぜ力を貸さなかったんだと変な怒られ方をすることになるので、逃げる準備くらいはしています。
ちなみにだいたい捕まります。逃げ遅れるわけです。
ないのです。
99%ダメなものはダメなのです。
今回に限って成功するとか、俺に限って成功すると言うことはないのです。
うわーこう書くと厭世者のたたずまい。ネガだ。うう。
「なぜならこれだけの準備をしてきたからだ!」
「なぜならあのころとは時世が変わっているからだ!」
「なぜなら今まで失敗したやつは無能だったからだ!」
なんでそんなに今回を、自分を、特別視できるのでしょう。
ロトの勇者とかならわかりますよ。おそらく竜王の討伐率90%くらい行ってるでしょう。
でもあんた勇者じゃないんだから。仮にあなたが勇者で、がんばってレベル上げたとするよね。
そのあいだ竜王がずーっと椅子で座ってると仮定するわけ?
イオナズンの練習くらいはしてるかもしれないよ?
自分は特別で、自分だけ進化をしていて、他の進化スピードを遥かに追い越していたなんてうことが、今回に限って発生するのでしょうか。
そこまでの才覚を持っていながら、なんであなたはここにいるのですか?
こういうケースの最後はだいたい決まっています。
俺の準備と努力は十分だったが、周りが非協力的だった
俺の準備と努力は十分だったが、時代が俺に追いついてこなかった
俺の準備と努力は十分だったが、客がバカで理解できなかった
等々。
自分に対する評価を適切にできていないというのはさておき、
周りを協力的にできないとか、
時代を読めないとか、
客がバカであることを知らない
という時点で、準備も努力も十分ではないんですよね。
※客がバカであるの意味はそのうち書きます。怒んない怒んない。
あーいるいるwとか言ってる自分が、ある時に限ってこういう判断をすることはあるのです。
他人を笑ってばかりもいられない、危険なトラップ。
ほら、誰か好きになったときとか、けっこうこういうのあったりしましたでしょ。
なんか超ラッキーな展開があってムフフみたいな。
ね。なかったよねムフフな展開。
友達が「ねーよwwwwwww」って言ってたのに、砕け散りましたよね。
それが99%だからです。
正確に言うと100%ですがそれだと本宮ひろしがマンガ書けなくなるので99ということになっています。
蛇足ながら。
あたしみたいな目線の人ばかりでは、世の中が超つまんなくなることは確かなのです。
いわば殉教者さんは(多大な迷惑をばらまくことがあるにしても)台風のようなもので、つまんなくなりがちな世間を撹拌する役目を負っているのかもしれません。
そしてその番は、気づかぬうちに行われているハンカチ落としのように、自分のところにも回ってくるものだったりいたします。
くわばらくわばら。
ねーよwwwwって言っていた自分が、いつのまにか他の自分になっていたりしませんか?